京都の神社(20260131)

社の記

2026.01.31

1月最後のこの日は京都に神社4社を訪問です。

賀茂別雷神社(上賀茂神社)

10:49 朝の新幹線で京都に入りCopilotが提案してくれたコースで訪問です。

10:50 上賀茂神社は、京都の街の一番奥に位置してます。後で知ったのですが北東に位置して鬼門だそうです。

10:54 広いです。単純に広いというか山に近いのもあって混み合っていない感じが良いです。
これは、立砂で朝一番にきたらまだ制作中でした。「神山」を象ったもので頂きに3本と2本の松の葉が立てられ、陽と陰の対になっているそうです。

10:58 見えているのが中門。これより先は撮影できないのでここまでです。

11:00 この大きな矢がこの神社の御祭神由来のものです。

11:34 中門の内側は撮影は禁止ですが特別拝観はできこの模型と同じ本殿と権殿という2つの同じ作りの建物がありました。本殿はその名の通り本殿。権殿は本殿とおなじ作りになっており本殿が修復などのさい一時的に本殿の代わりになるそうです。

11:35 自分も20分くらい並んでお参りしましたがお参り終えて出てきたら更に長蛇の列長くなっていました。

創建は、677年。御祭神は、賀茂別雷大神(かもわけいかづちのおおかみ)です。
特別拝観で敷地広さについても教えて頂き背後に位置する神山に御祭神がご降臨になったとのことでその神山含め禁足地となっており賀茂別雷神社の敷地は東京ドーム16個分ほど広さがあるそうです。

神社百選106/131社目です。

賀茂御祖神社(下鴨神社)

12:22 上賀茂神社に続き下鴨神社です。かみがもーしもがもなので下賀茂神社かと思ったら下鴨神社でした。

12:22 正式名称は、賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)で賀茂なんです。撮影は中門までなのでここまでです。しっかりお参りしてきました。ここは本殿が2つあり西本殿と東本殿があります。御祭神が西本殿:賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと) 神武天皇をお助けした神様。東本殿:玉依媛命(たまよりひめのみこと) 賀茂建角身命の御子神で、上賀茂神社の神様をお産みになった母神様です。

12:31 神社を出る際に雪もちらついていたのですが山から離れてなのか天気も良くなってきました。

12:32 賀茂御祖神社の創始は古く、神武天皇2年(BC658)ころより所伝があるそうで、社殿の造営の最初の記録も崇神天皇の7年(BC90)瑞垣を造替したとの記述があるそうですから恐ろしく古いです。

12:33 現在建物は、本殿2棟は国宝、社殿53棟は重要文化財といずれも日本の宝として登録されており、式年遷宮もご神体を除く全ての建物や調度品を新しくする宮移しですが、現在は傷んだところの修理を基本方針としており、21年ごとに修理のため宮移しをするのが現在の式年遷宮だそうです。

歴史がものがたっているように官幣大社の筆頭として全国の神社の首位にあるそうです。
神社百選107/131社目です。

平野神社

13:09 続いて来たのが桜の名所平野神社です。

13:12 京の街を東から西に横断するように移動しやってきました。

13:12 桜の時期でないので静かです。

13:13 延暦元年(782)に祀られて、延暦13年(794)平安遷都と同時にご遷座された。とありました。

13:14 桜はないと思っていたら桜咲いてました。十月桜といって10月頃から4月頃まで咲き続けるそうです。

13:17 こちらが正面です。

当初境内地は、1,500m四方で、現在の京都御所とほぼ同じ大きさだったようですが昭和9年の室戸台風に於ける倒木などによる修復工事などで土地を割譲して現在の200m弱四方となっているようです。
神社百選108/131社目です。

北野天満宮

13:23 最後に訪問したのは平野神社から歩いて移動できる距離にある北野天満宮です。

13:25 北野天満宮は、学問の神として有名な菅原道真公を御祭神とした神社です。現在の御本殿(国宝)は、豊臣秀頼公が慶長12年(1607)に造営されたものとのことです。

13:28 創建は、村上天皇天暦元年(947)とのことです。

13:32 菅公の精神は「和魂漢才」の四文字に集約され、自国の歴史と文化に根差した確固とした誇りを持ちながら、他国の文化も受けいれる寛容さが特徴だそうです。確かに良い考え方ですね。今の政治家たちにも教えたいです。

京都も登録しているところは回り終えましたが天満宮近くにあった金閣寺も行きたいですし行きたいところまとめて訪問したいと思いました。京都・奈良の歴史は古く学べきも沢山あるように思いました。

神社百選109/131社目です。

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